酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

7015 乗誓寺曽我家墓所(横須賀市東浦賀一丁目・乗誓寺)

● 乗誓寺曽我家墓所
( この墓所は、元山中にあったが関東大震災により倒壊 ( ガケ崩れ ) したため、現在地に移設された )


藤原鎌足より十八代、曽我兄弟の ( 兄、十郎の子は ) 京都、西本願寺の開祖親鸞聖人が相模の国に教化に来られた時に帰依し、平塚に阿弥陀寺を創建 ( 鎌倉時代・安貞元年、1227年 ) 僧、平塚入道了源 ( 関東六老僧の1人 ) と称し第一代住職となった。


その後室町時代に諸国に一向一揆の争いが起こり、当時の十代空浄が、この件に携わっていたため浦賀に逃れ後に乗誓寺を創建、初代住職となった。


現在の住職は平塚より二十七代、浦賀より、十八代で当寺の住職は世襲制により脈々と継承され、今日に至っている寺である。


● 乗誓寺寺域変換
乗誓寺の土地は、宿町以前から所有され、平塚からも訪れていたようで、この為、乗誓寺を浦賀に建てたと伝わっている。


その頃の浦賀は山に囲まれた土地で当寺の門前は、海の磯であったと伝えられている。( 当寺、蔵 )


又、当地は度重なる地震災害で山が崩れ、その土砂を運び海を埋めたてて、生活地を広げ浦賀町は現在に至っている。


当寺の門前には以前、海岸まで参道があり、周囲に宝物殿鐘楼堂があったが、道路拡張で現在は境内も狭くなった。
(案内板より)


関連情報
https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/8048.html

7002 曽我兄弟仇討八百年記念銅像再建(横須賀市東浦賀一丁目・乗誓寺)