酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6990 干鰯(ほしか)問屋跡(神奈川県横須賀市東浦賀2-2-1・ミニストップ横須賀東浦賀店)

干鰯 ( ほしか ) とは鰯を干したもので作物の肥料として大変効果のあるものでした。


特に近畿地方の綿作地帯で需要が高まり、房総の漁師たちが加工した干鰯を上方へ送る問屋として浦賀の干鰯問屋が生まれました。


天正の頃 ( 1500年代後半 ) は十五軒でしたが寛永十九年 ( 1642 ) には問屋株が認められ三十軒となり、この辺りには倉庫が立ち並んでいました。


米一石 ( 2.5俵 ) が一両した当時に干鰯一俵で一両以上したといい、この干鰯を何万俵も扱っていた干鰯問屋の繁栄の様子が伺えます。


ここには干鰯問屋の一つ湯浅屋がありました。
(案内板より)