酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6842 吉井幸輔墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

吉井幸輔
( 1828年 ~ 1891年 )


薩摩藩士・吉井友昌の長男。


安政三年に大坂薩摩藩邸の留守居役となり諸藩の志士たちと交流、勤王僧侶・月照の大坂脱出に尽力している。


その後、一旦帰国して大目付に抜擢され藩主らと上洛。


西郷吉之助が島流しにされた沖永良部島にその召還使として赴むき、再び上京、西郷らと禁門の変に参戦した。


龍馬が寺田屋で幕使に襲撃され、療養場所を伏見薩摩藩邸から京都薩摩藩邸へ移動するさいその護衛の指揮にあたり、龍馬らの新婚旅行では自宅を宿舎として提供している。


龍馬もまた長年所蔵していた「来国光」と鑑定された短刀を吉井に贈り恩にむくいた。
 
戊辰戦争では東北各地を転戦、新政府で要職を歴任後退官。


日本鉄道株式会社の社長をつとめた後に再び官職に復帰し、憲法草案の起草などにあたった。


ちなみに歌人として有名な吉井勇は孫にあたる。伯爵。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/309.html

296 寺田屋(伏見区南浜町263)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1661.html
1532 吉井 勇墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1662.html
1533 吉井友実墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1768.html
1620 谷干城墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3690.html
3428 蛤御門(上京区烏丸通下長者町上ル)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3601.html
3344 伊東甲子太郎墓(京都市東山区泉涌寺山内町29・戒光寺)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7879.html

6843 吉井幸蔵墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)