酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6828 三代目・市川段四郎墓(台東区・寛永寺墓地)

三代目 市川段四郎(さんだいめ いちかわ だんしろう、1908年(明治41年)10月5日) - 1963年(昭和38年)11月18日)は大正から昭和期の歌舞伎役者。


本名は喜熨斗 政則(きのし まさのり)。屋号は澤瀉屋。定紋は三升の中に段の字、替紋は八重澤瀉。東京市浅草区生まれ。


猿之助一座で幹部として活躍したが病に倒れ、長男が三代目市川猿之助を襲名するのを見届けると、父の初代市川猿翁の後を追うようにして死去した。


年譜
・二代目市川猿之助の長男として生まれる。


・1913年(大正2年) 10月 東京劇場で二代目市川團子を襲名して初舞台。


・立教中学校を卒業。


・1930年(昭和5年) 10月 歌舞伎座歌舞伎十八番之内『鎌髭』の小藤太守郷で三代目市川段四郎を襲名。


・1961年(昭和36年) 東宝専属となる。


・1962年(昭和37年) この年に病に倒れる。


・1963年(昭和38年) 5月、長男が三代目市川猿之助を襲名。6月、父・猿翁が死去。11月18日、死去。


家族
・夫人は女優の高杉早苗で、その間に2男1女。長男が二代目市川猿翁、次男が四代目市川段四郎、長女が市川靖子。


主な出演
舞台
・放浪記(1961年・1962年) - 福地貢 役
(wikiより)


関連情報
https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7857.html

6825 高杉早苗墓(台東区・寛永寺霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7858.html

6826 二代目・市川猿之助墓(台東区・寛永寺墓地)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7859.html

6827 二代目・市川段四郎墓(台東区・寛永寺墓地)