酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6793 妙慶寺(静岡市清水区清水町8-16・妙慶寺)

 妙慶寺の門前にあった場所で、おちょう ( 初代 ) と次郎長が新世帯を持ったそうです。



● 妙慶寺
大永年間 ( 1521 ~ 8 ) 領主今川義元が開基檀越となり、息女、円教院殿妙慶日恵大姉の菩提を弔う為に開創され、村松海長寺 10世蓮華院日存を迎えて開山とした。


そののち幾多の災禍と復興をくりかえし、明治 9 ( 1876 ) 年現在の本堂が完成した。


大正に入り庫裡を改築し、位牌所を新設、鐘楼門を建立。


その後、地震により解体した鐘楼門を山門へと再築した。
 
平成 3年には鐘楼堂を再建したが、そこに安置する梵鐘は数奇な運命をたどった。


寛政 7 ( 1795 ) 年に鋳造されたものであるが、第二次大戦中、お国の為に献納され、戦利品として米国に運ばれていた。


昭和 63年に 40余年の静寂を破り、アメリカ、カンザス州トピカ市より外務省を通じ、返還の旨が当山に通達された。


当地で現董堯文上人外 4名出席のもと盛大なる返還式を営み、当山にて帰山式が厳修され、“幸運の梵鐘”は、無事当山へ帰還を果たした。
 
寺は池上・神楽坂法縁。