酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6441 五代目・立川談志墓(世田谷区北烏山5-15-1・妙寿寺)

● 五代目・立川談志 恒川駒吉墓所
当山檀家恒川駒吉は安政五年に生を享ける。


明治十年頃 立川談志の門に入り、明治二十三年に談志を継ぐ。


大正五年頃 三遊亭圓右の門で三遊亭右之字となり一旦引退する。


大正十年頃 三遊亭金馬の門で三遊亭金駒になり復帰する。


大正末は金語楼一座で柳家金太郎の名で昭和十年頃まで名簿に見える。


談志の頃が最盛期で{ ねぎまの殿様 }の噺の作者として著名である。


この噺を大の得意としていた故五代目・古今亭今輔師匠は次の名言を残した。


「この噺をやる時は必ずお参りします。それがため無縁になりません。落語をひとつ残しておくと、だれかがやりますと墓参りに参ります。それが著作権で御座います。」


恒川駒吉 法号・本壽宗要信士
昭和十七年三月二十三日没享年八十四才
(碑文より)