酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6429 蜀山人終焉の地碑(神田駿河台4-6・御茶ノ水ソラシティ北側)

蜀山人 終焉の地
太田蜀山人 は、名は覃(ふかし)、通称直次郎・七左衛門、南畝・四方山人などの号を称しました。


寛延2年(1749)に江戸の牛込に生まれ、勘定所の役人として支配勘定まで登用され、大坂銅座、長崎奉行所への赴任などの役目を歴任しました。


また幼少期から学問を好み、文筆に優れた才能を発揮しました。


明和4年(1767)に狂詩集「寝惚先生文集」が評判となり、寛政初年までは「万載狂歌集」、洒藩本「甲駅新話」を発表し、のちに随筆「半日閑話」、「一話一言」を執筆しました。


文化9年(1812)に当地に移り住み、文政6年(1823)に没するまで過ごしています。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/401.html
387 大田南畝墓(文京区白山4-34-7・本念寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2208.html
2018 太田蜀山人碑(茨城県水戸市見川2-103-1・妙雲寺)