酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6428 岩崎彌之助邸跡碑(神田駿河台4-6・御茶ノ水ソラシティ北側)

岩崎彌之助 邸跡


岩崎彌之助は嘉永4年(1851)土佐国に生まれ、明治7年(1874)後藤象二郎 の長女・早苗との結婚を機に、当地の洋館に住みました。


明治18年(1885)に三菱第二代社長に就任し、三菱社を設立して本社を当地におきました。


彌之助は、鉱業、造船を中心に、銀行、保険、倉庫業にも力を注ぎ、経営の多角化を行いました。


また丸の内や三崎町の官有地を買い取り、それぞれにオフィス街や繁華街を計画しました。


彌之助は文化・芸術を好み、収集した図書を母体とした静嘉堂文庫を当地で設立し、東洋固有の文化財の収集を行いました。


この歴史案内板の煉瓦は岩崎彌之助邸擁壁の煉瓦を保存・再利用したものです。
(案内板より)