酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6419 霊犬・早太郎墓(長野県駒ヶ根市赤穂29番地・光前寺)

● 霊犬 早太郎伝説
今よりおよそ 700年程も昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われておりました。


その頃、遠州府中 ( 静岡県磐田市 ) 見付天神社では田畑が荒らされないようにと、毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。


ある年、村を通りかかった旅の僧である一実坊弁存 ( いちじつぼうべんぞん ) は、神様がそんな悪いことをするはずがないと、その正体をみとどけることにしました。


祭りの夜にようすをうかがっていると、大きな怪物が現れ『今宵、この場に居るまいな。早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎。早太郎には知られるな』などと言いながら、娘をさらっていきました。


弁存はすぐさま信州へ向かい、ようやく光前寺の早太郎をさがし当てると、早太郎をかり受けるて急ぎ見付村へと帰りました。


次の祭りの日には、早太郎が娘の代わりとなって怪物と戦い、それまで村人を苦しめていた怪物 ( 老ヒヒ ) を退治しました。


早太郎は化け物との戦いで傷を負いましたが、光前寺までなんとか帰り着くと、和尚さんに怪物退治を知らせるかのように一声高く吠えて息をひきとってしまいました。


現在、光前寺の本堂の横に、早太郎のお墓がまつられています。


また、早太郎をかり受けた弁存は、早太郎の供養にと《大般若経》を写経し光前寺へと奉納いたしました。


この経本は現在でも、光前寺の宝として大切に残されています。
(早太郎の絵本 1冊 : 1400円 )


昔のことです。


光前寺というお寺の下で、山犬が三匹のかわいい子犬を生みました。


それを知った和尚さんは、毎日おいしいご馳走を、たくさん運んでやりました。


月日がたち子犬はだんだん大きくなり、母犬といっしょに、お寺の庭をかけ回って楽しく遊ぶようになりました。


ある日、母犬は三匹のかわいい子犬を連れて帰ろうとしたとき、一番利巧そうな子犬を一匹お礼としてお寺へ残していきました。


その子犬は、灰色をしていて、強そうで、走ることがとても早かったので、和尚さんは「早太郎」と名前をつけてかわいがっていました。


在る寒い日の夕方のことです。


お寺のうら山へおそろしい怪物が出てきて、遊んでいた子どもをさらって逃げようとしました。


それを見つけた早太郎は、風のような速さと、すごい力で、怪物と戦い、子どもを助けました。


そのことがあってからは、村の人たちも、やさしく強い早太郎をみるとだいたり、なでたりしてかわいがってやりました。


そのころ、遠州 ( 静岡県磐田市 ) では、秋祭りの晩になると、かわいい女の子のいる家に、白い矢がとんできて屋根にささり、矢のささった家では、女の子を、白木の箱に入れてお宮へ供えなければなりませんでした。


それをしないと田畑の作物が一晩のうちに荒らされてしまうのでした。


とうとうお祭りの夜がやってきました。


お坊さんが、白い木の箱に入れた女の子の様子を見ようと、太い木の陰に、そっと隠れて見ていると


「今宵、今晩、信州信濃の早太郎はおらぬか。このことばかりは早太郎に知らせるな。」と何回もうたいながら、大きい怪物が現れ、白い木の箱の中から、女の子をわしづかみにすると、ものすごい早さで消え去って行きました。


その様子を見たお坊さんは、おそろしい怪物のうたったうたを忘れることができず、一日も早く信州信濃の早太郎を捜そうと思い、旅をしている六部という人に頼んでみました。


頼まれた六部は「信州信濃の早太郎はおらぬかい。」「信州信濃の早太郎はおらぬかい。」と早太郎捜しの旅に出かけました。


六部は毎日あちら、こちらと捜し回って、やっとのことで、宮田のお茶屋にたどりつき、ひと休みをしてお茶を飲んでいるとお茶屋のおばあさんが、早太郎の話を聞かせてくれました。


話を聞いた六部は、喜びいさんで、お茶もそこそこに光前寺へ行き、早太郎を貸してくださいと、和尚さんに頼みました。


六部から怪物の出る話を聞いた和尚さんは早太郎がんばっておいでよ」と犬の頭を優しくなぜなぜ六部に渡しました。


早太郎を借りた六部はおおよろこびで遠州 ( 静岡県 ) へ帰っていきました。


さて、冷たい風が吹くお祭りの夜のことです。


かわいい女の子の身代わりに早太郎を白い木の箱に入れて、神様の前に供えておき、お宮のえんの下のすみでじっと様子を見ていると、大きい怪物が待ちかねたように、太い杉の木から飛び降り、あたりをキョロキョロ見渡して、「今宵、今晩、信州信濃の早太郎はおらぬか、このことばかりは早太郎に知らせるなよ」とうたいながら、白い木の箱に近づいて行きました。


怪物がふたをあけたとたん、早太郎は箱から飛び出して怪物にとびかかっていきました。


怪物も負けずに「ウワー、ウワー」と、すごい叫び声をあげて早太郎にとびかかりました。


しかし、早太郎はうなり声ひとつあげずすごい速さと力で闘い続けました。


怪物は体中、血だらけになりだんだん弱っていきました。


早太郎も少しけがをしていましたが、最後の力をふりしぼって、怪物ののどにかみついていきました。


怪物は「ギャー」といってばったりたおれ、動かなくなってしまいました。


お祭りの夜があけたので、、村の人たちが、おそるおそるお宮へ行ってみると、早太郎の姿は見えず、年とったサルが血まみれになって死んでいました。


早太郎は、血まみれのまま、遠い遠い信州の光前寺までやっとのことでたどりつき、えんがわにいた和尚さんの顔を見ると「ワン」と一声ほえ、ばったりたおれて死んでしまいました。


和尚さんは、死んだ早太郎の体を、やさしく、やさしくなでながら「早太郎よくたたかった。強かったな。」とほめてあげました。


そして、太い杉の木にかこまれた本堂の左横に穴を掘り、永い永い眠りにつかせてあげました。
( 伊那毎日新聞社「伊那の伝説と昔話」より )


● 光前寺
光前寺 ( こうぜんじ ) は、長野県駒ヶ根市にある天台宗の別格本山の寺院である。


山号は宝積山 ( ほうしゃくさん )。院号は無動院。


本尊は不動明王で秘仏。天台宗信濃五山 ( 戸隠山の顕光寺・善光寺・更科八幡神宮寺・津金寺・光前寺 ) のひとつに数えられた。


1967年 ( 昭和 42年 ) 5月 10日、庭園が国の名勝のひとつに指定された。また、霊犬早太郎説話でも知られている。


歴史
古記録は武田勝頼と織田信忠との戦いなど数々の罹災により失われた。


貞観 2年 ( 860年 )、円仁の弟子、本聖の開基と伝わる。


創建時は現在より 200メートル木曽山脈寄りのところにあったらしい。


天正慶長のころには武田氏、羽柴氏などの庇護を受け、また、佐久郡、諏訪郡にまでその寺領を広げた時期もあったという。


江戸時代には、徳川家光から朱印地 60石を受けた。明治に入り塔頭末寺の多くを廃されてしまった。


早太郎説話
この説話は、当寺や、その他各地で語られているものであるが、その内容は類型的である。


また、早太郎の名は、伝わる地方により異なり、遠江国では悉平太郎 ( しっぺいたろう ) という。


駒ヶ根でも、疾風太郎 ( しっぷうたろう ) という別名が伝わっている。


昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われていた。


その頃、遠江の見附村では、毎年田畑が荒らされ、その被害に困った村人は矢奈比売神社の祭りの夜に村の娘を人身御供として神様に差出し、これを鎮めていた。


延慶元年 ( 1308年 ) 8月、この地を旅の僧侶が通りかかり、神様がそんな悪いことをするはずがないと祭りの夜にその正体を確かめると、現れた怪物が「信州の早太郎おるまいな、早太郎には知られるな」と言いながら娘をさらっていった。


僧侶は、早速信濃へ行き、光前寺で早太郎を探し出し和尚から借受けた。


そして次の祭りの日、早太郎は娘の身代わりとなって怪物 ( 老ヒヒ ) と戦い、見事退治した。


戦いで深い傷を負った早太郎は、光前寺までたどり着くと和尚にひと吠えして息をひきとったと言われている。


早太郎を借り受けた僧侶は、早太郎の供養のために大般若経を光前寺に奉納した。


これは寺宝として経蔵に保管されている。また、本堂の横に早太郎の墓がまつられている。


遠江国見附村は、現在の静岡県磐田市見付である。


この話が縁となり、 1967年 ( 昭和 42年 ) 1月 12日から駒ヶ根市と磐田市は友好都市関係となっている。


伽藍
光前寺は杉の林の中にあり、樹齢数百年の巨木も多い。


道隆式池泉庭園や築山式枯山水、築山式池泉庭園と三つの庭園があり、さらにはヒカリゴケが自生している。境内全域が、「光前寺庭園」の名で名勝に指定されている。


本堂 - 嘉永4年(1851年)に再建されたもの。


三門 - 嘉永元年(1848年)に再建されたもの。十六羅漢を祀る。


弁天堂 - 室町時代に建てられたもの。入母屋造。重要文化財。内部に弁財天と十五童子を安置する。


経蔵 - 享和2年(1802年)に建てられたもの。唐破風造り。旅僧が奉納した大般若経が所蔵されている。


三重塔 - 文化5年(1808年)に再建された、約17メートルの塔。長野県宝。


仁王門 - 安置されている仁王像は大永8年(1528年)に作られたもので、駒ヶ根市の有形文化財に指定されている。


賽の河原 - 三重塔南にある。三十体以上の地蔵尊が並ぶ。


年中行事
・1月中旬 - 厄除祈願祭
・1月28日 - 初不動
・4月29日 - 例大祭


アクセス
・JR飯田線駒ヶ根駅下車。西方4km。
・JR駒ヶ根駅より駒ケ岳ロープウェイ線バスで10分の切石公園下バス停から徒歩10分。
・中央自動車道駒ヶ根インターチェンジより西方1.2km。


関連項目
・日本国指定名勝の一覧


外部リンク
・光前寺
(wikiより)