酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6405 六物空満(森 六物)墓(荒川区南千住5・回向院)

六物 空満(ろくぶつ くうまん、享和元年(1801年) - 安政6年11月(1859年))は、幕末の尊皇攘夷派志士。


森新吾の次男。幼名・龍蔵。六物は通称だが、後に姓として使った。

大和国葛城郡に生まれる。


天文学や暦数学を修め、また和泉国堺の松浦南陽に医術を学ぶ。


上洛して大覚寺門跡に仕え、療病院別当となる。


嘉永6年(1853年)ペリー来航の際には朝廷の命によって攘夷の祈祷を行った。


その後も尊攘派の志士たちと交流し、また近衛家老女の村岡や僧月照らとともに公卿への工作にも従事した。


しかし安政5年(1858年)安政の大獄で幕府に逮捕されて江戸へ送られる。


翌安政6年(1859年)占察祈祷を咎められて遠島刑と決まるも、間もなく獄中で病没した。

明治31年(1898年)贈正五位。墓所は京都府京都市の霊山。
(wikiより)