酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6307 須山 萬墓(荒川区南千住5・回向院)

須山家は数代の医家であった。


萬は 17才で藩儒の正墻 ( しょうがき ) 薫や江戸の名儒・塩谷宕陰の教えを受け、のちに藩の周旋方に任ぜられ勤王のために東西に奔走した。


江戸に出て長州藩留守居役の僕しもべとして活躍しているところを、元治元年 ( 1864 ) 幕府のために捕らえられた。


いったんは逃げたが、再び捕らえられ、討幕計画に加わったという罪で伝馬町の獄に投ぜられ、慶応元年 ( 1865 ) 3月 6日斬首の刑で壮烈な死を遂げた。年 24才。


明治 31年、正 5位を贈られた。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/390.html

375 塩谷宕陰墓(台東区谷中7・天王寺墓地)