酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6281 六代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

六代目・市川 團十郎 ( ろくだいめ・いちかわ - だんじゅうろう、安永 7年 ( 1778年 ) - 寛政 11年 5月 13日 ( 1799年 6月 16日 )) は天明から寛政の頃に活躍した歌舞伎役者。屋号は成田屋。定紋は三升。


安永 7年 ( 1778 )、五代目・市川團十郎の子として生れるが、妾腹だったためいったん門弟の二代目・市川升蔵に引き取られ、そこから父のいとこにあたる芝居茶屋の和泉屋勘十郎の養子に入れられ、さらに天明 2年 ( 1782 ) に改めて父の養子として迎えられた。


翌年、市川徳蔵を名乗って初舞台。


同じ年に四代目・市川海老蔵を襲名する。


寛政 3年 ( 1791 )、六代目・市川團十郎を襲名。


花やかな美男役者で人気が高かったが、同 11年 ( 1799 ) に『助六』で当りを取ったのち、風邪をこじらせて急死してしまう。享年わずか 22歳だった。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/430.html

416 九代目・市川團十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7302.html

6275 初代・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7303.html

6276 二代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7304.html

6278 三代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7305.html

6279 四代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7306.html

6280 五代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7308.html
6282 七代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7309.html

6283 八代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7310.html
6284 贈十代目・市川団十郎(五代目・市川三升)墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7311.html

6285 十一代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


 六代目・市川団十郎