酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


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何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

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6276 二代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

二代目 市川團十郎(にだいめ いちかわ だんじゅうろう、元禄元年10月11日(1688年11月3日) - 宝暦8年9月24日(1758年10月25日))は、正徳から享保年間にかけて江戸で活躍した歌舞伎役者。屋号は成田屋。定紋は三升(みます)。俳名は三升、才牛斎、栢莚、雛助。


人物
江戸っ子の絶大な人気を博して、現在にいたる市川團十郎家の基礎を築いた人物である。
父は初代 市川團十郎、母は初代 市川翠扇。初代團十郎が成田山新勝寺(成田不動)に子宝の願をかけたところ見事生れた子だったので「不動の申し子」といわれた。また俳諧や狂歌に通じ、俳号に三升(さんしょう)・才牛(さいぎゅう)・栢莚(はくえん)・雛助(すうじょ)がある。


来歴
元禄10年(1697年)、中村座の『兵根元曾我』で初舞台。元禄17年(1704年)、初代團十郎の横死によって、山村座で二代目を襲名するが、力不足で悩む17歳の二代目を庇護したのは当時の名優・生島新五郎であった。


その頃の歌舞伎は穢多頭・弾左衛門の支配下に置かれていた。宝永5年(1708年)、小林新助の訴えにより、江戸町奉行は歌舞伎と傀儡師の支配権を弾左衛門から剥奪。二代目は被差別民からの独立を果たした喜びから、小林が記録した訴訟の顛末を元に『勝扇子』を著し、代々伝えたという。正徳3年(1713年)、山村座『花館愛護桜』で助六を初じめて勤めたころから徐々に劇壇に足場を築き、人気を得るようになる。翌正徳4年(1714年)の江島生島事件にあっても軽い処分で免れ、江戸歌舞伎の第一人者へと成長。享保6年(1721年)には、給金千両となり「千両役者」と呼ばれる。


享保20年(1735年)、門弟の市川升五郎に團十郎を譲り、自らは二代目市川海老蔵を襲名する。寛保2年(1742年)には大坂に上って『毛抜』を初演し、上方においても人気を博した。しかしこの年に三代目が急死したため、宝暦4年(1754年)に改めて門弟の二代目 松本幸四郎を養子として、團十郎を継がせる。


芸風
歌舞伎に荒事をもたらしたのが父・初代團十郎なら、それをひとつの芸として完成させたのがこの二代目團十郎だった。若い頃に師事した生島新五郎が、初代中村七三郎の芸を受け継ぐ和事師であったことから、父親譲りの荒事芸に和事味を加味した独自の芸風を育て、その線から『助六』や『毛抜』のような演目が初演された。荒事・和事のみならず、実事、濡事、やつしにいたるまで幅広い芸域をもっていた。また隈取の技法や様式を完成させたのもこの二代目である。


二代目が誰からも愛され絶大な人気を誇った背景には、このような多岐にわたる才能があった。


文献
・「老いのたのしみ」、『日本思想大系 近世芸道論』に所収、(郡司正勝校注、岩波書店)。
・池須賀散人 「市川栢莚舎事録」、『続日本随筆大成.第9巻』、吉川弘文館に所収、他に「栢莚狂句集」がある。
・田口章子 『二代目市川団十郎 役者の氏神』 ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選〉、2005年
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/430.html

416 九代目・市川團十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6275 初代・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6278 三代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6279 四代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6280 五代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6284 贈十代目・市川団十郎(五代目・市川三升)墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


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6285 十一代目・市川団十郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


 二代目・市川団十郎