酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6277 ホタル館・冨屋食堂(鹿児島県南九州市知覧町郡103-1)

富屋食堂は、特攻の母として慕われた「鳥浜トメ」の食堂でした。


鳥浜トメの生涯と特攻隊員とのふれあいの遺品・写真をおりまぜ、ともに暮らした赤羽礼子の証言により、当時の場所に再現いたしました。


隣接する富屋旅館は、戦後昭和 27年、遺族を知覧に泊めるために作られたものです。


孫 鳥浜明久


● 鳥濱トメ
鳥濱 トメ ( とりはま - とめ、1902年 ( 明治 35年 ) 6月 20日 - 1992年 ( 平成 4年 ) 4月 22日 ) は、鹿児島県の食堂経営者。


知覧町 ( 現南九州市知覧町郡 104 ) で「富屋食堂」を営み、多くの特攻隊員の面倒を見て、“特攻の母”と呼ばれた。


来歴
・1902年 ( 明治 35年 )、鹿児島県坊津 ( 現・南さつま市 ) 生まれ。18歳で旧家出身の鳥濱義勇と結婚。


・1929年 ( 昭和 4年 )、トメ 27歳の時に富屋食堂を開業。


・1942年 ( 昭和 17年 ) 、富屋食堂が陸軍の指定食堂になったため、陸軍知覧飛行場の飛行隊員が訪れるようになった。


・1945年 ( 昭和 20年 )、特攻作戦が始まると、知覧から出撃する特攻機の見送りを続け、隊員が憲兵の検閲を避けるためにトメに託した手紙を代理で投函したほか、個々の隊員の出撃の様子を自ら綴った手紙を全国の家族のもとへと送り続けた。


・1945年 ( 昭和 20年 )、終戦後、警察署長から進駐軍の富屋食堂への出入りを懇願されるが、トメはそれを固辞する。しかし、町が主催する進駐軍の歓迎会が富屋で開かれたことをきっかけに米軍兵士が富屋に出入りするようになり、生来の面倒見の良さから[1]米軍兵士からも「ママさん」と親しまれた[2]。


・1952年 ( 昭和 27年 )、「基地跡を訪れる遺族のために」、旅館として改装開業。


・1955年 ( 昭和 30年 )、かつて自身の担任教師でもあった当時の知覧町長に再三働きかけたことにより、旧飛行場の一角に特攻平和観音堂の建立が実現し、その観音堂参りがその後のトメのライフワークとなる。後に隣接して知覧特攻平和会館などが観音堂の周辺に建設されることとなる。


・1992年 ( 平成 4年 ) 死去。享年 89


・2001年 ( 平成 13年)、かつての食堂が「ホタル館」として復元され、特攻隊員の記念館となっている。現在の経営者はトメの孫である鳥濱明久。


鳥濱トメを演じた女優
・奈良岡朋子 - 映画『ホタル』( 富屋食堂主人・富子 2001年 )
・岸惠子 - 映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』( 2007年 )
・伊藤つかさ - 舞台『帰って来た蛍』( 2008年 )
・薬師丸ひろ子 - 土曜プレミアム『なでしこ隊~少女たちが見た“特攻隊”封印された 23日間~』( 2008年 9月 20日、フジテレビ )
・大林素子[3] - 舞台『MOTHER~特攻の母 鳥濱トメ物語』( 2010年 )


参考文献
・朝日新聞西部本社 編『出撃・知覧飛行場 空のかなたに 特攻おばさんの回想』(葦書房、2001年新装版) ISBN 4-7512-0291-X
・赤羽礼子・石井宏『ホタル帰る 特攻隊員と母トメと娘礼子』(草思社、2001年) ISBN 4-7942-1060-4
・佐藤早苗『特攻の町 知覧 最前線基地を彩った日本人の生と死』(光人社、1997年) ISBN 4-7698-0829-1


関連楽曲
・『知覧の母 〜ホタル〜』( 歌川二三子 )


関連項目
・知覧特攻平和会館 - 会館内で鳥濱トメのインタビュー映像を見ることが出来る。
・宮川三郎
・倉重アサコ - 「回天の母」と呼ばれた徳山の料亭「松政」の従業員。


脚注
1. 『ホタル帰る』より
2. 福岡賢正「敵を抱きとめた母性/1 米兵と笑う特攻の母」(毎日新聞西部朝刊、2007年8月15日付)
3. 本業はスポーツ評論家


外部リンク
・鳥濱トメと富屋食堂
・ホタル館 富屋食堂
・板津忠正(旅館をしながら特攻隊員の供養を続けているトメさんに心打たれ、犠牲者全員の慰霊の旅に出る。後に知覧特攻平和会館設立に貢献。)
・知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会
(wikiより)


 建物の右側に立っている電信柱は、当時の物の復刻物です。