酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6265 源 頼朝公御石塔(鹿児島県鹿児島市吉野町9698-2)

遷塔之記
正治元年 ( 1199 ) に没した源頼朝公は、持仏堂であった大倉山麓の法華堂に葬られた。


幾星霜の後、江戸時代にはその跡を残すのみとなっており、安永年間島津家第二十五代・島津重豪はそこに立ち、五輪塔が立つばかりの荒廃ぶりを悲しみ、玉垣を新造し、墓塔には勝長寿院から多層塔を移して墓所を再興した。


平成の世に至り、心無き者が墓塔を破壊し、修復のために雛形塔を試作し、検討の上、旧に復した。


頼朝公没後八百年を記念し、墓所再興の恩義ある鹿児島島津家に雛形塔を寄贈して、永くその恩に報いたいとする鎌倉市民有志の声が高まり、宗家島津修久氏のご快諾をえて、鶴嶺神社に源頼朝公墓所再興報恩塔として、玉垣を添え、遷座するものである。


平成十一年八月吉日


鎌倉市民源頼朝公墓所再興報恩之有志
(碑文より)


● 鶴嶺神社
鶴嶺神社 ( つるがねじんじゃ ) は鹿児島市吉野町の神社。鎮座地は仙巌園の中。


島津氏の先祖を祀る為に明治 2年 ( 1869年 ) に創祀された神社である。


祭神
島津氏初代忠久公以降の歴代当主とその家族、及び分家筋の玉里家歴代当主とその家族を祀る。


就中、16代当主・義久公の 3女である亀寿を祀る神社として有名で、また歴代当主を祀るという性質上、時勢や江戸幕府への対応について百八十度意見を異にしたために不仲であったとされる斉興公と斉彬公父子も共に祀られている[1]。


由緒
幕末の頃から廃仏毀釈運動の煽りを受けて薩摩藩領内の寺院を廃止する機運があったが、明治 2年 3月 24日、島津忠義の正室である暐 ( てる ) 姫が死去した際[2]、葬儀を神式で行うことが決まったことをきっかけとして薩摩藩領内の寺院の排斥が一気に進行、かつて島津氏歴代当主の菩提を弔っていた福昌寺も廃絶の憂き目にあった。


その代わりとして同年 11月に忠義が鹿児島郡坂本村山下鶴峯 ( 現鹿児島市照国町 ) に祖先を祀る神社を創建しこれを竜尾神社と号したのに創まる。


なお、同時に従来の菩提寺で保管していた歴代当主の肖像画や宝物などは竜尾神社をはじめ他の神社へ移された[3]。


明治 6年 ( 1873年 ) に県社に列し、大正 6年 ( 1917年 ) に島津氏歴代の別館地であった事から祭神とも縁が深い現鎮座地を当時の当主忠重から寄進されて遷座、神社名を鶴嶺神社と改称した。


因みにこの名称は旧鎮座地に由来する[4]。


西南戦争の際、島津家は中立を保っていたにもかかわらず、当神社は官軍の強奪被害に遭い、多数の貴重な文化財を失った。


これらの宝物の消息は現在に至るまで不明であり、鹿児島県が現在に至るまで文化財過疎県である一因となっている。


文化財
重要文化財太刀 銘備前国住雲次
赤糸威大鎧 兜・大袖、杏葉付


参考文献
「資料紹介 諸神社明細」(『尚古集成館紀要』3号)


補注
1. 島津斉彬の死について父斉興による毒殺とする説まである。
2. 暐姫は島津斉彬3女(5女とも)。「てる」字は「日」偏に「韋」。
3. 歴代当主の中、忠良のものは竹田神社へ、貴久のものは松原神社へ、義久のものは大平神社へ、義弘のものは徳重神社へ、家久(18代当主)のものは長谷神社へ移したが、この中、大平神社と長谷神社は早い内に廃絶したようである。
4. なお、旧鎮座地には島津斉彬、久光、忠義の3人の銅像が建てられ、観光名所になっている。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3007.html
2724 葛西清重墓(葛飾区四つ木1-25-8・西光寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3047.html
3136 満福寺(神奈川県鎌倉市腰越2-4-8)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4228.html
3861 豊島氏墓(豊島区南池袋3-18-18・法明寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4734.html
4307 熊谷直実五輪塔(京都市左京区黒谷町121・黒谷墓地内)


 こちらは鎌倉にある源 頼朝公の墓 ( 神奈川県鎌倉市西御門2丁目5番地 )