酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6259 小村寿太郎侯誕生之地(日南市飫肥5)

● 小村寿太郎侯誕生之地
小村寿太郎侯爵は、安政二年 ( 一八五五 ) にこの記念碑がある場所に生まれた。


父は町役人 ( 別当職 ) をしていた小村寛 ( ひろし ) で、禄高十八石の徒士 ( かち ) 席という下級藩士であった。


明治時代になって、小村寛は旧飫肥 ( おび ) 藩の専売事業を引き継いだ飫肥商社の社長に就任していた。


しかしその経営を巡る裁判によって小村家は破産した。


その後、土地・建物は隣に屋敷を構えることになる山本猪平 ( やまもと - いへい ) に売却されたが、昭和八年 ( 一九三三 ) に山本家が土地を寄付するとともに、旧飫肥藩関係者の寄付金によって現在の「小村寿太郎侯誕生之地」と刻まれた石碑が建てられた。


記念碑の題字は、日本海海戦の指揮官・東郷平八郎の揮毫、裏面は大学時代からの友人であった杉浦重剛の詩である。


平成五年 ( 一九九三 ) 小村侯の功績を記念して国際港理由センター小村記念館が飫肥城大手門前に開館した。


また、生誕地より移築されたと伝えられている建物が飫肥城近くに残されており、日南市によって改修整備され平成十六年四月より「小村寿太郎生家」として公開されている。


またこの場所は、「伊能忠敬 天文観測之地」だそうです。

● 伊能忠敬 天文観測之地
文化七年 ( 一八一〇 ) 四月二十七日、伊能忠敬以下十七名の幕府御用測量方は飫肥本町の小村家に宿泊し、天文観測を行った。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/659.html
619 伊能忠敬墓(東上野・源空寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1063.html
983 伊能忠敬・遺髪墓(千葉県香取市牧野1752・観福寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1680.html
1548 小村壽太郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7274.html

6254 小村壽太郎生家(宮崎県日南市飫肥4-5)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7277.html
6257 小村記念館(宮崎県日南市飫肥4-2-20-1)