酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6244 荘 清次郎墓(台東区谷中・谷中霊園)

荘 清次郎 ( しょう - せいじろう )
文久 2年 ~ 昭和元年 12月 25日 ( 1862 - 1926 )


三菱会社理事。


父、肥前大村藩士・荘新右衛門 ( 長男 )。


明治 19年 ( 1886 ) 米国エール大学に留学。マスターオブローの学位を得る。


明治 23年 ( 1890 ) 帰国。


岩崎弥太郎に認められ三菱会社に入社。


のち、理事・専務理事となる。


明治 25年 ( 1892 ) 第 119国立銀行大阪支店支配人。


明治 28年 ( 1895 ) 三菱会社に戻り、大正 4年 ( 1915 ) 幹事のち事務理事。


三女の慶子は、美術評論家・福島繁太郎夫人。64歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7264.html

6245 荘 清彦墓(台東区谷中・谷中霊園)