酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6225 千葉敦子墓(台東区谷中・谷中霊園)

千葉 敦子(ちば あつこ、1940年11月6日 - 1987年7月9日)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクションライター。


略歴・人物
・1940年 中国上海生まれ。


・1964年 学習院大学政経学部卒業後、東京新聞に入社、経済部記者となる。


・1967年 ニーマン基金を得て、ハーバード大学大学院に留学。帰国後、東京新聞を退社し、PR会社勤務、調査会社取締役を経て、


・1975年頃からフリーランスジャーナリストとして活動。「アジア・ウォールストリート・ジャーナル」「インスティテューショナル・インヴェスター」「フォーブス」「フォーチュン」「オーストラリアン・フィナンシャル・レヴュー」などに寄稿した。


・1981年 乳ガン手術と乳房再建手術を東京都駒込病院で受ける。


・1983年 ガンが鎖骨上に再発、放射線治療を受ける。ニューヨークに移住。


・1984年 ガン再々発。


・1986年 3度目のガン再発。4月、月刊ニューズレター『WOMAN WATCH』発行。アメリカ、世界における女性の動きを日本の読者に伝える。11月、「『死への準備』日記」「朝日ジャーナル」にて連載開始。


・1987年7月9日 入院先のスローン・ケッタリング記念病院にてガンのため死去。


・1988年 遺言によりニューヨークに財団法人「千葉敦子基金」設立。


・1990年2月 ハーバード大学ニーマン基金本部との合意により、同大学内に「千葉・ニーマン基金」が設けられる。
死に至るまで自らのガン闘病記を出版し続けた。そのほかキャリアウーマンとしての生活術・仕事術、日本人論などについての著書もある。


著作
・『アイデア商人』KKベストセラーズ 1969
・『乳ガンなんかに敗けられない』文藝春秋 1981、のち文春文庫
・『ニュー・ウーマン』文化出版局 1982、のち三笠書房知的生きかた文庫、三笠書房(単行本)
・『わたしの乳房再建』朝日新聞社 1982、のち文春文庫
・『いのちの手紙』(箙田鶴子(えびらたずこ)との往復書簡)筑摩書房 1983 のちちくま文庫
・『千葉敦子のななめ読み日記』同時代社 1983、のち三笠書房知的生きかた文庫
・『寄りかかっては生きられない』光風社出版 1983、のち文春文庫
・『ちょっとおかしいぞ、日本人』新潮社 1985 のち新潮文庫
・『ニューヨークでがんと生きる』朝日新聞社 1986年 のち朝日文庫、文春文庫
・『ニューヨークの24時間』彩古書房 1986 のち文春文庫
・『アメリカの男と女』彩古書房 1987
・『よく死ぬことは、よく生きることだ』文藝春秋 1987 のち文春文庫
・『「死への準備」日記』朝日新聞社 1987 のち朝日文庫、文春文庫
・『昨日と違う今日を生きる』角川文庫 1988
・『母への手紙』千葉富貴子編 意識教育研究所 1994


訳書
・敵視の狭間で 対話/アラブ・イスラエルに愛は甦るか,アモス・エロン、サナ・ハッサン著,TBSブリタニカ 1976  
(wikiより)


 千葉敦子