酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6215 関場不二彦墓(台東区谷中・谷中霊園)

関場不二彦 ( せきば - ふじひこ )
慶応元年 9月 19日 ~ 昭和 14年 8月 25日 ( 1865 - 1939 )


明治大正期の医師・江木悦子の先夫。


父、関場忠武。会津若松出身。


明治 3年 ( 1870 ) 家族に従い大湊に移住。


のち東京に出て外国語学校でドイツ語を学ぶ。


のち東京帝国大学医学部に進み、外科教師のドイツ人医師・スクリバに師事。


明治 22年 ( 1889 ) 卒業。


その後も同学第一医院外科で助手を勤める。


この時期に関清英の下に身を寄せていた関悦子と結婚 ( のち離婚 )。


明治 25年 ( 1892 ) 27歳で公立札幌病院長。


明治 31年 ( 1898 ) 欧米に留学、翌年帰国。


札幌に北辰病院開設。


大正 9年 ( 1920 ) 医学博士。


大正 15年 ( 1926 ) 道医師会長に就任し、札幌市議会副議長をもつとめる。


著書:「アイヌ医事談」、「腹膜結核及び剖腹術」。


戒名 : 「貫学院仁誉杏翁理堂居士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7226.html

6214 関場忠武墓(台東区谷中・谷中霊園)