酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6212 ヘルン・ヘルマン・リットル碑(台東区谷中・谷中霊園)

ヘルン・ヘルマン・リットル
文政 10年 ~ 明治 7年 12月 25日 ( 1827 - 1874 )


理学博士・開成学校鉱山学講師。


ドイツ ハンニーウエル ヒルデスハイム出身。ゲツチンケンにて修学。


合衆国の招きで米国セントルイス府化学工場長。


モスクワへ派遣された後、金沢藩知事・前田氏の招聘で日本へ来る。


折りしも廃藩置県時にあい、転じて明治 3年 ( 1870 ) 12月乞われて大阪府理学校教師となり、理化学と英仏語を教える。


明治 6年 ( 1873 ) 3月東京開成校鉱山学講師。


病となり官独逸の名医ホフマン氏に治療を依頼するも没する。47歳没。