酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6198 中根幸子墓(台東区谷中・谷中霊園)

中根幸子 ( なかね - さちこ )
? ~ 大正 4年 12月 29日 ( ? - 1915 )


通称、お幸の方。


父、旗本・中根芳三郎。


元旗本・成田新十郎の養女となり側室となる。


もう一人の側室・新村信と 1日交代で夜を勤め、お夜伽をしない日は、お湯殿当番をしたという。


お幸の子は、4男・徳川厚 ( 分家 )、明治 9年 ( 1876 ) 7月 4女・筆子 ( 蜂須賀正韶夫人 )、明治 13年 ( 1880 ) 9月 7女・浪子 ( 松平斉夫人 )、明治 15年 ( 1882 ) 1月 10女・国子 ( 大河内輝耕夫人 )、明治 16年 ( 1883 ) 11女・糸子 ( 四条隆愛夫人 )、9男・徳川誠 ( 分家 )。


最後まで慶喜の身の回りの世話をし、その死を見届けた。


墓は、慶喜墓後、左の墓標。正面「中根幸子」。