酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6142 尾上唯右衛門墓(墨田区両国2-8-10・両国回向院内)

九代目・野州山徳之丞 ( 高砂部屋 )


いまの宇都宮市の出身で、安政 5年 ( 1858 ) 生まれ。


明治 10年 初代・高砂の弟子となり、19年 5月に十枚目に上がり 幕内には上がらなかったが十枚目を務めること 12場所、29年 1月で引退した。


尾上部屋を興して 2人の野州山を育てている。


2代目は幕内まで上がったが、モテすぎて脱走を繰り返した珍力士で 3代目は次の尾上を襲名した十枚目力士である。


大正 8年 1月 28日に歿し墓は未亡人亡きあと、三代目・野州山夫婦が香華を手向けていたというが、いつしか無縁となり普通なら整理されてしまうところ、棹石だけ本堂脇の現在地に移されたという。


現在の台石は新しくつけられたもので、もともとの台石には姓の「信田」と彫られてあったそうだ。