酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6132 珂北野口先生之碑(文京区小石川4-15-17・宗慶寺)

野口勝一 ( 1848年 10月 16日 ~ 1905年 11月 23日 )


現在の北茨城市磯原町に生まれた野口勝一は、明治時代に政治家、ジャーナリスト、出版人として活躍した人物です。 


自由民権運動家、茨城県会議員『茨城日日新聞』の社長兼主筆と茨城県内での活動から離れ上京し、農商務省に勤務しました。


その後、衆議院議員を三期つとめた後、政治経済などの新聞や雑誌の編集出版活動を行っています。


また、勝一は弟・量平の息子である野口雨情にも大きな影響を与えた人物です。


北茨城市史 別巻 5 ~ 8に収録されている日記は、農商務省に初めて出任した明治 16年 8月 13日からはじまっています。


衆議院議員として活躍していた時期 ( 明治 25年 ~ 35年 ) の日記は欠落していますが、当時の社会・政治・経済・文化と多岐にわたる内容に驚かされると共に、多くの来訪者と訪問先が記録されており、、その交友関係の深さには驚かされるばかりです。