酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6070 松野貞一郎墓(谷中7-14-8・天王寺)

松野貞一郎 ( まつの - さだいちろう )
安政 4年 12月 7日 ~ 明治 26年 2月 8日 ( 1857 - 1893 )


大審院判事。旧弘前藩士。


江戸藩邸に生まれる。


幼きころより学を好み東京大学法学部に入り法学を修得。


明治 14年 ( 1881 ) 7月卒業。


東京裁判所判事補を経て明治 15年 ( 1882 ) 東京始審判事補。


明治 21年 ( 1888 ) 東京控訴院評定官。


法典問題・貴衆両院の決議に功績大。


大審院判事兼法典調査委員。英吉利法律学校幹事兼教授。東京大学・専修大学・高等商業学校・海軍主計学校各講師。従五位。37歳没。


戒名 : 「顕徳院仁貞一如居士」。


 法学博士・花井卓蔵撰の略歴あり。左隣に子・松野松太郎墓あり。



 松野松太郎墓