酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6895 山口堅吉墓(台東区谷中・谷中霊園)

山口堅吉 ( やまぐち - けんきち )
明治 16年 ? ~ 昭和 40年 2月 17日 ( 1883 ? - 1965 )


三菱銀行常務。


82歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2745.html
2483 山口多聞墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6812.html

6894 山口宗義墓(台東区谷中・谷中霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6814.html
6896 山口宗樹墓(台東区谷中・谷中霊園)











6894 山口宗義墓(台東区谷中・谷中霊園)

山口宗義 ( やまぐち - むねよし )
嘉永 4年 ~ 昭和 9年 5月 6日 ( 1851 - 1934 )


日本銀行監事。


父、旧松前藩の兵家軍兵衛 ( 長男 )。藩の貢進生として大学南校に学ぶ。


大蔵省に出仕、大蔵省主計官。


のち台湾総督府財務部長。


明治 20年 ( 1887 ) 日本勧業銀行に入社。のち日本銀行に移る。


明治 30年 ( 1897 ) 退官し、国庫局長となる。正四位勲三等。


漢詩人としても知られ、昭和 5年 ( 1930 ) 多数の貴重な漢籍を郷里島根県の松江図書館に寄贈した。84歳没。


建築家の山口半六の兄。学習院院長の山口鋭之助の兄。子に帝国海軍中将の山口多聞 ( 青山墓地 ) がいる。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2745.html

2483 山口多聞墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6813.html
6895 山口堅吉墓(台東区谷中・谷中霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6814.html
6896 山口宗樹墓(台東区谷中・谷中霊園)











6893 木村正辞墓(台東区谷中・谷中霊園)

木村 正辞(きむら まさこと、1827年5月1日(文政10年4月6日) - 1913年(大正2年)4月11日)は、国学者、国文学者。


下総国埴生郡成田村(現・千葉県成田市)生まれ。


はじめ清宮荘之助。号を欟斎。伊能穎則に国学、岡本保孝に音韻学を学び、和学講談所、水戸藩駒込文庫に出仕する。維新後は官吏を務め、帝国大学文科大学教授。『万葉集』を主として研究し、珍書の蔵書でも知られる。1890年東京学士会院会員、後に帝国学士院会員。


1913年、腎炎のため死去[1]。


栄典
・1884年(明治17年)7月24日 - 正六位[2]


著書
・日本略史 文部省 1875.4
・日本史要 東京師範学校 1878.11
・国史案 文部省 1877-1879
・賜暇遊覧 博聞社 1888.7
・欟斎雑攷 博聞社 1888.12
・万葉集書目提要 大八洲学会 1888
・日本号の攷 大八洲学会 1889.6
・万葉集美夫君志 大八洲学会 1889.2
・播磨の浜づと 大八洲学会 1889
・万葉集訓義弁証 早稲田大学出版部 1904.12 のち勉誠社文庫
・万葉集字音弁証 早稲田大学出版部 1904.12 のち勉誠社文庫
・万葉集総釈 早稲田大学出版部 1904?
・万葉集古義存疑 1900-1904
・万葉歌百首講義 早稲田大学出版部 1926
・万葉集講話 大日本歌道奨励会 1935
・日本小作制度論 日本に於ける小作制度の本質究明 木村荘之助 叢文閣 1936


脚注
1. 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)10頁
2. 『官報』第322号「叙任及辞令」1884年7月25日。


参考文献
・昭和女子大学近代文学研究室編『近代文学研究叢書 第13巻』昭和女子大学光葉会、1959年7月


外部リンク
・木村正辞(近代日本人の肖像)
(wikiより)


 木村正辞