酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

906 黒河内松斎墓(港区白金6-14-6・興禅寺)

松斉は幕末期の長沼流兵学者で名声高い人物で、その子式部も軍事奉行を勤め、戊辰戦争にて 8月 23日、六日町郭門にて 52歳で戦死している。


良はその第三子で、安政 3年 3月 16日、江戸藩邸にて生まれ、戊辰の際には僅か 13歳であったが、護衛隊に属して参戦した。


明治に入り永岡久茂の密命を帯び、会津よりの応募巡査 22名を率いて千葉に至り、自らも巡査となって蜂起の時を待ったが、思案橋にて露見し永岡等が捕縛されると同時に良もまた捕えられ、懲役 3年に処せられ、市谷監獄に幽閉される。


出獄後は、北海道に入り開拓使に奉職、後明治 20年警部となり警視庁にはいり、其の後、高知・神奈川・香川各県を歴任し、明治 30年南埼玉郡長となり、32年青森県警部長に転じ、更に秋田・香川に移り、37年職を辞して韓国に赴き、39年に京城居留民長となる。


大正 10年 6月 7日 66歳にて没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5470.html

4976 寺本義久墓(豊島区駒込5-5-1・染井霊園)


 黒河内松斉墓


  黒河内家の墓