酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

814 日本橋魚河岸跡(中央区日本橋室町一丁目・乙姫広場)

日本橋から江戸橋にかけての日本橋川沿いには、幕府や江戸市中で消費される鮮魚や塩干魚を荷揚げする「魚河岸」がありました。



ここで開かれた魚市は、江戸時代初期に佃島の両氏たちが将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを売り出したことに始まります。


この魚市は、日本橋川沿いの魚河岸を中心として、本船町・小田原町・安針町 ( 現在の室町一丁目・本町一丁目一帯 ) の広い範囲で開かれ、大変な賑わいをみせていました。


なかでも、日本橋川沿いの魚河岸は、近海諸地方から鮮魚を満載した船が数多く集まり、江戸っ子たちの威勢の良い取引が飛交う魚市が立ち並んだ中心的な場所で、一日に千両の取引があるともいわれ、江戸で最も活気のある場所の一つでした。


江戸時代より続いた日本橋の魚河岸では、日本橋川を利用して運搬された魚介類を、河岸地に設けた桟橋に横付けした平田舟の上で取引し、表納屋の店先に板 ( 板舟 ) を並べた売場を開いて売買を行ってきました。


この魚河岸は、大正十二年 ( 1923 ) の関東大震災後に現在の築地に移り、東京都中央卸売市場へと発展しました。


現在、魚河岸のあったこの場所には、昭和二十九年に日本橋魚市場関係者が建立した記念碑があり、碑文には、右に記したような魚河岸の発祥から移転に至るまでの三百余年の歴史が刻まれ、往時の繁栄ぶりをうかがうことができます。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/608.html
577 森孫右衛門供養塔(中央区築地3・築地本願寺)










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