酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

827 高杉晋作誕生地(山口県萩市南古萩町23)

幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地。現在は、南側半分が公開されており、産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。


晋作は、天保10年(1839)に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれました。藩校明倫館に通う一方で松下村塾に通い、頭角を表し、久坂玄瑞と並んで「松門の双璧」と称されました。


文久2年(1862)、外国に支配される清国(現:上海)を視察し危機感を抱いた晋作は、翌文久3年(1863)に身分を問わない我が国初の軍事組織“奇兵隊”を結成。討幕戦を勝利へと導きましたが、胸の病が悪化し、下関・吉田(現:東行庵)に隠居。慶応3年(1867) 結核のため、27歳と8ヶ月という若さでこの世を去りました。


萩博物館に「高杉晋作資料室」があり、産着から最晩年の書まで晋作に関する資料が数多く展示されていますので、一緒に見学するのもおすすめです。


現在は個人所有の為、不定期で閉館していることもあります。ご了承下さい。


高杉晋作について詳しい事は『高杉晋作ウィキペディア』を御覧下さいませ。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9D%89%E6%99%8B%E4%BD%9C


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/121.html
118 吉田松蔭の陰墓(南千住・小塚原回向院)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/162.html
158 佐久間象山寓居之址(木屋町通り御池下がる)


 高杉晋作

 ( 2011年 10月 11日撮影 )
「高杉晋作誕生地」近くの広場に有る高杉晋作像です。
2015年には整備されて、キレイな公園になっていました。









にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ にほんブログ村

のバナーを「ポチッ」押して応援して頂くと管理人の励みになります。