酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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6977 坂本 堤墓(鎌倉市山ノ内409・円覚寺塔頭松嶺院)

坂本 堤(さかもと つつみ、1956年4月8日 - 1989年11月4日)は神奈川県横須賀市出身の弁護士、自由法曹団員[1]。オウム真理教幹部等によって殺害(坂本堤弁護士一家殺害事件)される。


来歴・人物
神奈川県立横須賀高等学校[2]、東京大学法学部卒業。法律事務所へ事務職員としての勤務を経て、1984年、27歳で司法試験合格、司法修習(第39期司法修習生)を経て、1987年より横浜法律事務所で弁護士業務に携わった。事務員時代に豊田商事破産事件管財人弁護士団を手伝っていたことがある。当時管財人弁護士団に参加していた宇都宮健児の事務員が、後の妻であった(出産直前の1988年まで勤務)。


1989年、江川紹子からの紹介で [3]、オウム真理教に出家した信者の親たちの依頼を受け、教団と交渉した。またオウム真理教被害者の会を設立したが、教団から「翌年に真理党からの出馬を決めている総選挙に向けての選挙活動に支障を来す」と恐れられていた。


同年11月4日未明、横浜市磯子区の自宅で教団幹部らによって家族とともに殺害された。


33歳没。遺体は新潟県西頸城郡名立町(現・上越市)の山中に埋められ、1995年9月に発見された。


墓所は神奈川県鎌倉市の円覚寺・松嶺院[4]。


関連項目
・坂本堤弁護士一家殺害事件
・TBSビデオ問題


関連人物
・木村晋介
・伊藤芳朗
・滝本太郎
・宇都宮健児
・江川紹子
・福島瑞穂(司法修習生時代の同期[5])


脚注
1. 紹介・自由法曹団
2. ようこそ同級生 神奈川県立横須賀高等学校同窓会
3. 「オウム真理教追跡2200日」(江川紹子著 1995年)
4. 鎌倉 円覚寺
5. 「週刊新潮」2010年6月10日号の、福島を特集したグラビアページより
(wikiより)