酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6972 川尻清潭墓(墨田区本所2-13-14・源光寺)

川尻清潭翁略歴


清潭翁は明治九年下谷二長町に生れ武蔵野家より川尻宝岑氏の養子となる


若くして劇界に入り後に松竹株式会社の嘱託となり多年歌舞伎の演出に従事し昭和二十九年十二月十四日老寿七十九才にて歿


戒名 寿昌院釋清潭


後此の功績を認められ昭和三十年四月文部大臣より賞状を送らる


ここに清潭翁の遺徳を偲び一周忌を記念して これを建つ 歌舞伎座


昭和三十年十二月十四日
(石碑文より)


側面に刻まれた久保田万太郎の句は「このひとつねにひとりをよろこべり」の前書きで「ひつきやうは老いの氣弱の小春かな」。


● 川尻 清潭
( カワジリ - セイタン )


明治 〜 昭和期の歌舞伎研究家、演劇評論家



生年 : 明治 9年 8月 1日 ( 1876年 )
没年 : 昭和 29 ( 1954 ) 年 12月 14日


出生地 : 東京・浅草蔵前


本名 : 川尻 義豊


別名別号 = 忘路庵、大愚堂、司馬 江猿


経歴幼少の頃から芝居を見つづけ、明治40年「演芸画報」創刊時より社員となる。


大正5年玄文社発行の「新演芸」記者となり、また松竹にも関係し、10年から晩年まで同社の舞台監事、室長を務めた。


「名優芸談」「楽屋風呂」などの著書があり、ほかに「菊五郎百話」などの編著がある。


 左側の竿石です。