酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6864 森田愛子墓(鎌倉市扇ヶ谷1-17-7・寿福寺)

森田 愛子(もりた あいこ、1917年 - 1947年)は、福井県坂井市三国町出身の俳人。高浜虚子の名作「虹」のヒロインとしても著名である。


1917年(大正6年)に、三国港の豪商森田三郎右衛門と名妓田中よしの娘として生まれる。福井県立三国高等女学校(現・福井県立三国高等学校)を経て、東京の女子大学へ進学。


病弱であった愛子は、鎌倉で療養生活に入るが、鎌倉の地にて、高浜虚子門下の伊藤柏翠に出会い、弟子入り。高浜虚子は、美人聡明であったこの孫弟子を大変かわいがったことが知られている。 (女学校の同級生によれば「愛子さんと東京で道を歩けば、通りすがるもの全てが振り返った」(「三国高校80年史」より)とのことである。)


結核を患い、1947年(昭和22年)に29歳の若さで亡くなった。


参考文献
現代俳句大事典、三省堂


関連項目
みくに龍翔館
(wikiより)