酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

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6858 阪谷朗廬碑(台東区・谷中霊園)

阪谷 朗廬(さかたに ろうろ、1822年12月29日(文政5年11月17日) - 1881年(明治14年)1月15日)は、日本の漢学者、儒学者。


江戸時代末期は教育者として、明治維新後は官吏としても活動した。東京学士会院議員。


名は素(しろし)であり、阪谷素名義での著作もある。朗廬は号である。幼名は素三郎、通称として希八郎も用いた。


阪谷芳郎(元大蔵大臣、東京市長)の父。


来歴
1822年、備中国川上郡九名村(現在の岡山県井原市)で、代官所に勤めていた阪谷良哉の三男として生まれた。


6歳の時に当時父親が勤務していた大坂へ移り、最初に奥野小山、次いで大塩平八郎のもとで学び、ここで才能を見出された。父親の転勤に伴って11歳で江戸に移転し、同郷の津山出身である朱子学者の昌谷碩(精溪)に入門した。さらに17歳で古賀侗庵に師事した。26歳の時、病床にあった母親の世話をするため帰郷。


1851年、伯父で蘭学者の山成奉造(山鳴大年)の協力により、実家の九名村から少し離れた簗瀬村(現在はともに井原市の一部)に桜渓塾を設立。1853年には代官所が郷校として興譲館(後の興譲館高等学校)を設立するにあたり初代館長に就任するなど、地元で後進の指導にあたった。幕末動乱のこの時期、朗廬は開国派の立場であったとされる。


1868年に広島藩から藩儒、藩学問所(現修道中学校・修道高等学校)主席教授として迎えられるが[1]、1870年に廃藩置県で辞職。1871年には再び東京に転居し、明治政府の陸軍省に入省。その後文部省、内務省などの官職を歴任した。また福沢諭吉らとともに明六社に参加、唯一の儒学者として活動した。1879年には東京学士会院議員に選出された。


1880年には再び教育を行うべく春崖学舎を設立したが、翌1881年に小石川の自宅で病没。


系譜
阪谷家(阪谷家系図)
二代四郎兵衛の頃、延宝八年(1680年)検地帳に、二町六反七畝二歩の田と一町五反四畝二歩の畑を所有、三代治兵衛の頃には、田畑四町九反八畝の地主になった。五代甚平(甚八)は同村友成の伊達家から婿養子に迎えられ、“中興の祖”となった。二町七反六畝七歩の田と一町一反九畝七歩の畑を所有して高合計二十四石となった。延享二年(1745年)に酒造を始め、天明五年(1785年)に二五〇石仕込んだが、天明の飢饉により同六年に半減、同七年には三分の一まで減少した。領主戸川氏から坊主格を賜り、“坂谷”から“坂田”と改姓した。寛延二年(1749年)に御札座役となり札屋と呼ばれるようになった。



関連項目
・明六社
・興譲館高等学校
・修道中学校・修道高等学校
・明六雑誌
・阪谷芳郎
・渋沢栄一 - 朗廬に師事した。また姻戚でもある(息子・芳郎の妻は渋沢の娘)。
・天竜峡 - 朗廬が命名したと言われる。
・井原市美星町-朗廬の出身地


参考文献
・『明六雑誌』上巻、山室信一・中野目徹校注、岩波書店〈岩波文庫〉、1999年5月。ISBN 4-00-331301-1。
・『明六雑誌』中巻、山室信一・中野目徹校注、岩波書店〈岩波文庫〉、2008年6月。ISBN 4-00-331302-X。
・『明六雑誌』下巻、山室信一・中野目徹校注、岩波書店〈岩波文庫〉、2009年8月。ISBN 4-00-331303-8。


脚注
1. 修道学園史(昭和53年)384頁


外部リンク
・有終 第4輯 阪谷朗廬 - 岡山県立高梁高等学校
・阪谷朗廬関係文書 - 国立国会図書館 憲政資料室
・阪谷朗廬(おかやま人物往来) - 岡山県立図書館
・桜渓塾跡公園 - 井原市観光協会
・会社概要(ページ下部に朗廬の略歴あり) - 山成酒造
・“阪谷朗廬”で検索(近代デジタルライブラリー)
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2886.html

2604 阪谷良之進墓(台東区谷中7-5-24・谷中霊園)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7890.html

6857 阪谷朗廬墓(台東区・谷中霊園)