酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6852 海上寿子墓(神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目・寿福寺)

歌人


碑面
 抜(き)いでむふしはねがはず
   くれ竹のむなしきを
     こそこころとはせめ
 (しなやかな竹の姿の、人より丈高く抜きん出たところに憧れるのではありません、
  竹の節の間がただうつろであるように、心を空しくして(我執を持たずに)、
  ものごとをよく受容れるところをこそ手本にしようと思うのです)


碑陰
 海上寿子刀自は医(くすし)上林了貞の二女、万延元年六月十三日、江戸牛込
 水道町に生る。祖父了斎は幕府の典医なり。年甫(はじめ)て十五、歌道を
 渡辺明に学び、其(その)死後星野千之に師事す。且(かつ)多年高橋泥舟
 の眷顧を受け、後(のち)海上胤平の門人となりぬ。明治十七年、其甥海上嘉平
 司に嫁す。同四十三年、鎌倉に来り住(む)。大正十三年、夫君遊去後、同十四
 年、扇谷に草庵を結び、閑居せらる。遠近(をちこち)その風を欽して教(をしへ)を
 乞(ふ)者多く、皆其薫陶を感荷す。
                            小琴書
                                 門人建
   皇紀二千六百年十一月


註:<年甫(はじめ)て十五>十五歳の時をはじまりとして
  皇紀2600年=昭和15年(1940)


 海上寿子