酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6821 玉川花江墓(台東区・寛永寺墓地)

玉川花江(たまがわ - はなえ)    
明治20年? ~ 昭和39年1月25日(1887? - 1964)


浪曲師。


本名、石渡アグリ。2代目玉川勝太郎の妻女。東京出身。


戸川花助の門下で、戸川花江と名乗って修行。


少女時代から芸事に才をみせ、入門してからの腕はメキメキ上達。


初代玉川勝太郎の門下を弾き、2代勝太郎の兄弟子の某と結婚したが離別。


一時初代の許に寄宿していたが、初代の勧めで2代勝太郎と再婚した。


まだ2代勝太郎が売れていない時代で、名曲師としての花江の助力によって、その後2代目は頭角を現して来た。


先夫との間に出来た男の子と暮らしていたが早世したそうである。77歳。


関連情報


6781 二代目・玉川勝太郎墓(台東区・寛永寺墓地)



6781 三代目・玉川勝太郎墓(台東区・寛永寺墓地)