酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6770 四世・竹本越路大夫墓(京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町30・法然院)

四世・竹本越路太夫略年譜

大正二年一月四日 小出甚三郎、ときの長男として大阪に生まれる。


十三年、二代・豊竹古靱大夫 ( 後の豊竹山城少堟 ) に入門。豊竹小松大夫を名乗る。


十五年、「加賀見山」の大序で御霊文楽座番付にのる。


昭和十一年、 文楽座脱退 新義座結成に参加。


十三年に廃業。


十六年、文楽座復帰 三代・豊竹つばめ大夫を襲名。


十九年、召集


二十年、復員 「一力茶屋」の平右衛門から出勤。


二十三年文楽座は二派に分裂し松竹を離れた三和会に所属 豊竹若大夫、六世・竹本住大夫、二世・野沢喜左衛門、桐竹紋十郎他と共に講演活動をする。

二十九年、芸術祭奨励賞、上演演目「盛綱陣屋」。


三十一年、芸術祭賞「近松門左衛門」朝日放送。


三十三年、芸術祭賞「曽呂利咄」毎日放送。


三十八年、切語りになる。文楽二派は合同し文楽協会を設立。


四十一年、四代・竹本越路大夫襲名 柿落しの東京国立劇場で「河庄」を語る。


四十四年、大阪府民劇場賞「鬼界ヶ島」。


四十六年、芸術選奨文部大臣賞「神崎揚屋」。
同年、重要無形文化財団個人指定認定。


五十二年、大阪文化祭賞。


五十四年、同芸術賞。


五十九年、勲四等旭日小授賞。
同年、日本芸術院会員就任 京都府文化賞特別功労省。


六十二年、第三十八回NHK放送文化賞。


平成元年、大阪国立文化劇場、東京国立劇場にて「菅原伝授手習鑑」通し狂言で「櫻九切腹の段」を語り引退する。


二年、文化功労者に列せられる。
同年、京都市文化功労賞。


十一年、勲二等瑞宝章


平成十四年六月二十四日寂
(石碑碑文より)