酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6749 かにかくに碑(京都市東山区元吉町)

かにかくに 


    祇園はこひし 


         寝るときも 


             枕のしたを 


                 水のながるる


この歌は、祇園をこよなく愛した歌人として知られる吉井勇 ( よしい - いさむ )( 1886 - 1960 ) が明治 43年 ( 1910 ) に詠んだ一首で、彼の歌集「酒ほがひ」に収められている。


当時は白川の両岸に茶屋が建ち並び、建物の奥の一間は川の上に少々突き出ており、「枕のしたを 水のながるる」はその情景を詠んでいる。


しかし、第二次世界大戦下の昭和 20年 ( 1945 ) 3月、空爆の疎開対策に白川北側の家々は強制撤去され、歌碑が建っているこの地にあった茶屋「大友 ( だいとも )」も犠牲になった。


大友は当時の文人、画人たちと幅広く交流のあった磯田多佳 ( いそだ - たか ) の茶屋である。


昭和 30年 11月 8日、友人たちによる吉井勇の古稀 ( 70歳 ) の祝いとして、ここに歌碑が建立された。


発起人には、四世・井上八千代 ( いのうえ - やちよ )、大谷竹次郎 ( おおたに - たけじろう )、大佛次郎 ( おさらぎ - じろう )、久保田万太郎 ( くぼた - まんたろう )、里見敦 ( さとみ - とん )、志賀直哉 ( しが - なおや )、新村出 ( しんむら - いずる )、杉浦治郎右衛門 ( すぎうら - じろうえもん )、高橋誠一郎 ( たかはし - せいいちろう )、高山義三 ( たかやま - ぎぞう )、谷崎潤一郎 ( たにざき - じゅんいちろう )、堂本印衆 ( どうもと - いんしょう )、中島勝蔵 ( なかじま - かつぞう )、西山翠嶂 ( にしやま - すいしょう )、湯川秀樹 ( ゆかわ - ひでき )、和田三造 ( わだ - さんぞう )などそうそうたるメンバーが顔をつらねた。


以来、毎年 11月 8日には吉井勇を偲んで、「かにかくに祭」が祇園甲部の行事として行われている。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1269.html

1173 吉井勇歌碑(広島県尾道市・千光寺公園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1661.html
1532 吉井勇墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)