酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

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6748 南座(京都市東山区四条通大和大路西入中之町198・南座)

南座(みなみざ)は京都府京都市東山区にある劇場。正式名称は京都四條南座(きょうとしじょうみなみざ)。松竹が経営している。


歴史
江戸時代(元和年間)から続くとされる、日本最古の劇場である。名称の由来は、四条通の南側に位置しているため。


江戸時代初期、四条河原には幕府公認の芝居小屋が七座存在した。その後、火事で幾度も焼失し、また興行の中心が大坂に移ったため次第に数を減らし、江戸時代中期には四条通りの南(南の芝居)と北(北の芝居)、大和大路の西(西の芝居)の三座となった。西の芝居は1794年(寛政6年)の大火後は再建されず、二座が残った。さらに南座の向かいにあった北座は1892年(明治25年)四条通の拡張に伴い閉鎖され、南座のみになった。


1906年(明治39年)に松竹に買収され、以後松竹の直営となっている。1913年(大正2年)に大改築を行い、定員1436人の大劇場(木造)になった[1]。


1929年(昭和4年)1月に建替えに着手、同年11月に竣工し、同月25日に開場式が行われた。桃山風意匠の鉄骨鉄筋コンクリート造5階建てで、定員は1527人(当時)。設計施工は白波瀬工務店で、設計実務を担当したのは元京都市営繕課長の安立糺である[2]。


1991年(平成3年)に改修工事が行われ、桃山風の外観を残しつつ最新設備を備えた劇場として10月28日に新装開場した。1996年(平成8年)に国の登録有形文化財になった。


特徴
出雲阿国が1603年(慶長8年)の春、京・四条河原で阿国かぶきを創始したことが歌舞伎の起源とされるが、その歌舞伎発祥の地で悠久400年近くに亘る今日まで歌舞伎を上演しているという意味で、日本最古の歴史と伝統を持つ劇場と言われる。現在も歌舞伎を中心にした公演を行っており、特に毎年11月末日から12月末まで行われる吉例顔見世興行は京都の風物詩となっている。このときには役者の名前を勘亭流で書いた「まねき」と呼ばれる、白木の看板が劇場の入り口上にずらりと並べられることで有名。


歌舞伎以外にも演劇やコンサートの公演が行われている。1992年(平成4年)には南座によりミュージカル「ドラゴン・クエスト」(SMAP主演)が制作されたり、2007年(平成19年)には52年ぶりにOSK日本歌劇団のレビューが復活するなど、伝統を重んじる一方で新たな試みも行われている。


所在地
〒605-0075 京都府京都市東山区四条通大和大路西入中之町198


四条大橋東詰(四条川端東入る南側)に位置し、四条河原町から鴨川にかかる四条大橋を渡って八坂神社方面へ行く途中にある。


最寄り駅
京阪電車 祇園四条駅すぐ上
阪急電鉄 河原町駅徒歩3分


定紋
松竹マークが使用されている。


関連項目
・歌舞伎
・顔見世
・有頂天家族 - 先行上映イベント会場として使用され[3]、テレビアニメ制作における番組スポンサーにも名を連ねていた。


出典
1. 『南座松竹経営顔見世百年記念史』2006年
2. 日本経済新聞 2013年7月1日、石田潤一郎「京の和風モダン建築十選」3
3. 京都での『有頂天家族』先行プレミアイベントより公式レポをお届け! アニメイトTVニュース 2013年6月17日、2014年12月25日閲覧。


外部リンク
・京都四條南座(松竹)
・南座の歴史(松竹)
(wikiより)