酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6741 浦上玉堂墓(京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522・本能寺)

延享二年 ( 1745年 )、岡山城下下備中鴨方藩邸内で生まれる。


本名孝弼 ( たかすけ )、字は君輔 ( きんすけ )、通称は兵右衛門、三十五歳の時より自ら愛用の七絃琴の銘に因み、玉堂琴士と号す。


藩務の傍ら、琴を弾き、詩を詠し、筆を執って墨書し、酒に酔い絵を描くというという文人として自適の生活を送る。


五十歳の時、春琴・秋琴の二子を連れ、岡山を出奔し、諸国放浪の旅に出る。


自由人として生きる精神は日々研ぎ澄まされ、独自の境地に達し、我が国、近代絵画の頂点を極める。


晩年は京都に定住し、文政三年 ( 1820年 ) 没。


代表作に国宝「東雲篩雪図 ( とううんしせつず ) 故川端康成蔵」


重要文化財「山雨染衣図 ( さんうせんいず )」等がある。
(案内板より)


関連情報
https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7751.html

6740 浦上春琴墓(京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522・本能寺)