酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6730 中村惕斎墓(京都市左京区一乗寺小谷町13・圓光寺)

中村 惕斎(なかむら てきさい、寛永6年2月9日(1629年3月3日) - 元禄15年7月26日(1702年8月19日))は江戸時代前期の儒学者。


名は之欽(しきん)。字は敬甫。通称は七左衛門、仲二郎。


生涯
京都の呉服屋の子として生まれる。7、8歳で句読を授かり、読書を好み物価や世事にうとく、かつ市中の騒がしさを嫌って家業を顧みなかった。店が零落しても意に介さず学問に専心した。ほぼ独学で朱子学を修め、天文・地理・度量衡・音律の蘊奥を究め、当時その学識は伊藤仁斎と比較され、兄たり難く弟たり難しと評された。門弟としては、菊池黄山・加藤艮斎・増田立軒(増益夫)がいる。


礼儀・徳義を重んじ、かつて家の手代に財を持ち逃げされた時も「我が財のために人を死地に追いやるは不慈」として訴え出なかったという。また、「自ら著書を刻行して名を求むるは恥である」という理由で、著書の大部分は惕斎没後に出版されたという。


著書・編著
・『四書示蒙句解』27巻
・『訓蒙図彙』
・『入学紀綱』
・『大学筆記』『中庸筆記』『論語筆記』『孟子筆記』
・『詩経筆記』『書経筆記』『周易筆記』『春秋筆記』『礼紀筆記』
・『読易要領』
・『四書鈔説』12巻
・『孝経集解』
・『通書筆記』
・『西銘筆記』
・『三器通考』6巻
・『天文考要』4巻
・『匠人測景定方図説』
・『愼終疏節』4巻・『追遠疏節』
・『筆記律呂新書説』3巻
・『姫鏡』32巻
・『近思録鈔説』『近思録示蒙句解』
・『孝経示蒙句解』『小学示蒙句解』『詩経示蒙句解』
・『家礼訓蒙疏』
・『筆記詩集伝』16巻
・『太極図説筆記』


参考文献[編集]
・原念斎『先哲像伝』(有朋堂文庫『先哲像伝・近世畸人伝・百家琦行伝』所収、1914年)
・原念斎『先哲叢談』(平凡社・東洋文庫、1994年)
(wikiより)