酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6729 鵜飼石斎墓(京都市左京区一乗寺小谷町13・圓光寺)

鵜飼 石斎(うかい せきさい、慶長20年1月15日(1615年2月12日)-寛文4年7月21日(1664年9月10日))は、江戸時代前期の儒学者。


諱を信之。字は子直。号は石斎・心耕子。鵜飼真元の子で母は中路氏、正室は湯本幸勝の娘。子に鵜飼錬斎・称斎がいる。


祖先は近江国甲賀郡の人と言われる。江戸出身で那波活所に学ぶ。


正保3年(1646年)に尼崎藩主青山幸利に仕え、万治3年(1660年)に致仕して上洛、京都油小路で私塾を開いて門人を育成し、その名声は山崎闇斎・毛利貞斎と並んだ。


儒学のみならず、歴史にも精通し、31種673巻にのぼる著書・校刊本が知られており、代表的なものとして『本朝編年小史』7巻、『明清闘記』11巻などがある。後者は近松門左衛門が『国性爺合戦』を執筆した際に参考にした文献のひとつと言われている。


50歳で没し、円光寺に葬られ、孟東野・陶淵明両者の諡より、「貞節」と諡した。
(wikiより)