酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6584 六代目・一龍斎貞山墓( 西日暮里3-2-6・経王寺)

本名:桝井 長四郎 ( ますい - ちょうしろう )、東京府生れ。
明治 9年 ( 1876年 ) 11月 26日 - 昭和 20年 ( 1945年 ) 3月 10日。


1876年 ( 明治 9年 ) 11月、東京銀座 ( 現在の東京都中央区 ) の袋物商の家に生まれる。


11歳の時に 4代目・一龍斎貞山に入門し 3代目・貞花を名乗る。


師が没し、5代目・一龍斎貞山門へ移る。


21歳の時に 3代目・貞丈を襲名。


1907年 ( 明治 40年 )、6代目・一龍斎貞山を襲名。


1945年 ( 昭和 20年 ) 3月 10日、アメリカ軍による東京大空襲に被災し隅田川で死去。


大正から昭和初期に、3代目・神田伯山、2代目・大島伯鶴と共に売り出し確固たる地位を築き、ラジオ放送の出演回数もトップクラスだった。


多様な演目を持っていたが中でも「義士伝」はお家芸であった。


また、講釈師であるのに、「落語協会」の頭取をつとめて勢力をふるい、出世するのも落ち目になるのも貞山次第という勢いだった。


講談落語協会会長も歴任。
(wikiより)


戒名 「一龍院貞山日光信士」。