酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6545 吉川湊一墓(新宿区弁天町100・多聞寺)

江戸後期に平家琵琶の奥義を極め、検校にまで昇進した吉川湊一 ( 1748 ~ 1829 ) の墓所。
 
湊一は紀州熊野の生まれ。幼い時に失明。八重橋検校に入門し、平家琵琶を習得する。


やがてその名人となり、寛政 6年 ( 1794 ) には検校に昇進。


文政 9年( 1812 ) 全国の検校を統括する職検校 ( しきけんぎょう ) にまで昇りつめた。この時期、湊一は平家琵琶の第一人者として重きをなした。
 
平家琵琶とは、「平家物語」を琵琶の前奏で語る伝承芸能で、平曲・平家・平家詞曲ともいう。


検校は、平家琵琶語りの組織「当道座 ( とうどうざ )の最高位にあたる。
 
湊一は、職検校在任中京都で暮らしたが、文政 11年 ( 1828 ) に隠退して江戸に下り牛込に居を構え、翌年亡くなった。
 
墓石は高さ 121.5センチメートル。側面から裏面にかけて、湊一の出自と経歴が刻まれている。
(案内板より)