酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6541 便々館湖鯉鮒墓(新宿区袋町15・光照寺)

江戸時代中期の狂歌師 便々館湖鯉鮒 ( べんべんかんこりう ) は、本名を大久保平兵衛正武といい、寛延二年 ( 1749 ) に生まれた。


幕臣で小笠原若狭守支配、禄高 ( ろくだか ) 一五〇俵、牛込山伏町に居住した。


はじめ、牛込二十騎町に住む幕臣で狂歌師の朱楽管江 ( あけらかんこう ) に狂歌を学び、その後唐衣橘州 ( からころもきっしゅう ) の門下に転じ、世に知られるようになった。


大田南畝 ( おおたなんぽ )( 蜀山人 = しょくさんじん ) とも親交があり、代表作「三度たく 米さえこわし やわらかし おもうままには ならぬ世の中」は、南畝が揮毫した文政二年 ( 1819 ) 建立の狂歌碑が西新宿の常圓寺にあり、新宿区指定文化財に指定されている。


文化十五年 ( 1818 ) 四月五日、享年七〇歳で没した。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/401.html

387 大田南畝墓(文京区白山4-34-7・本念寺)