酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

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フォーク歌手・加川良さん死去 

フォーク歌手・加川良さん死去 急性白血病で昨年12月から入院


「教訓1」などで知られ、日本フォーク界の先駆け的存在だったフォーク歌手・加川良=本名・小斎喜弘=さんが5日午前9時39分、都内の病院で亡くなった。69歳。滋賀県出身。長男でミュージシャンのgnkosai=本名・小斎元希=がフェイスブックで伝えた。所属事務所によると、急性白血病のため昨年12月から入院していた。妻・富士子さんに見守られての最期だったという。(デイリースポーツ)


● 加川 良
加川 良(かがわ りょう、本名:小斉 喜弘、1947年11月21日 - 2017年4月5日)は、日本のフォークシンガー。
芸名は、加山雄三の「加」、長谷川一夫の「川」、池部良の「良」を組み合わせたものと言われる。


経歴
滋賀県彦根市出身。1970年代、アート音楽出版(URCの版権管理会社)に入社する。高田渡、岩井宏、岡林信康、高石ともやらの影響でフォーク・ソングを唄い始め、1970年の第2回中津川フォークジャンボリーでは飛び入りで「教訓I」を発表し、一躍人気者に(後に、「教訓II」なぎらけんいちや、「教訓110番」三上寛などパロディー作品も発表された)。アルバム『教訓』(1971年)でURCからデビュー。「こがらし・えれじい」「偶成」を含む『親愛なるQに捧ぐ』(1972年)、中川イサトとのライヴアルバム『やぁ。』(1973年)をたて続けに発表。また1972年、よしだたくろうの代表作『元気です。』に「加川良の手紙」(作詞・加川良、作曲・吉田拓郎)という曲が収録された。
1974年ベルウッドから名作『アウト・オブ・マインド』を発表。1975年中川イサトの神戸市長田区でのオムニバスライヴ『鼻歌とお月さん』のレコーディングに、いとうたかお・大塚まさじ・金森幸介・シバ・西岡恭蔵・長田タコヤキ和承と参加。その後も石田長生らをバックに従えた『南行きハイウェイ』(1976年)レイジー・ヒップとの『駒沢あたりで』(1978年オレンジレコード)を発表。1990年代『ONE』、『2』を発表。


岡林信康が一線から退いたのち、吉田拓郎と並んで“どちらがBIGになるのか”といわれた時期があったが、拓郎ほどの一般的名声を得ることはなかった。現在では前述の拓郎の曲「加川良の手紙」で歌われた人物として知られている。拓郎がポップに変わっていくのとは正反対に、ストイックに自らの音楽に忠実に、お金にならない歌を歌い続けたのが理由ともいわれている(参考:ぼくの音楽人間カタログ、山本コータロー、1984年)。


「教訓I」の歌詞は大阪・梅田の地下街で手売りされていたガリ版刷りの文集を参考に作られたという[1]。歌詞の内容は発表から40年以上を経て発生した福島第一原子力発電所事故(2011年)や集団的自衛権の行使問題(2014年)に対してもあてはまると加川は考えており、そのため「歌うたんびに新曲だと思えるんです」とも語っている[1]。


2016年12月14日入院、15日、急性骨髄性白血病と診断され闘病中とフェイスブックで公表[[1]]。 2017年4月5日午前9時39分、都内の病院で亡くなった[[2]]。


ディスコグラフィー
アルバム
・教訓(1971)
・親愛なるQに捧ぐ(1972)
・やぁ。(1973)
・アウト・オブ・マインド(1974)
・十月は黄昏の国(1975)- 「加川良と東京キッドブラザーズ」名義。
・南行きハイウェイ(1976)
・駒沢あたりで(1978)
・幻のフォークライブ傑作集 加川良ライブ 中津川フォークジャンボリー'71(1978)
・プロポーズ(1981)
・アーリー加川良(1982)
・A LIVE(1983)- 「加川良 with 村上律」名義。
・ONE(1991)
・2[tu’:](1993)
・R.O.C.K(1996)- 「加川良 with TE-CHILI」名義。
・USED(2002)- 「加川良 with すぎの暢」名義。
・USED2(2004)- 「加川良 with すぎの暢」名義。
・USED END(2007)- 「加川良 with すぎの暢」名義。


シングル
・教訓Ⅰ/ゼニの効用力について(1971)
・ポケットの中の明日/その朝(1972)
・高知/ジョーのバラッド(1976)
・女の証し/君におやすみ(1978)
・コスモス/日本海が広がっている(1981)
・ゴスペル―嘘でもいいから―/誕生日(1981)


脚注
1. a b 「教訓1」は歌うたんびに新曲です シンガー 加川 良さん、西日本新聞、2014年11月16日(最終更新 2014年11月16日 14時02分)。


関連項目
・金森幸介


外部リンク
・加川良オフィシャルホームページ TWINS!
(wikiより)


 加川 良



加川良 「教訓 I」 Kagawa Ryo \"Kyokun I\" (Lesson One)



下宿屋・加川良



「東京」   加川 良


合掌。