酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6181 狛犬(墨田区立花1-1-15・吾嬬神社)

安永 2年 5月銘


この狛犬は比較的小型の一対ですが、世話人 10名と奉納者 22名もの名前が刻まれています。


そのほとんどが築地小田原町 ( 中央区築地 6・7丁目 ) や本船町地引河岸 ( 中央区日本橋本町 ) など日本橋の商人であることから、海運・漁業関係者とのつながりをよく表しているといってよいでしょう。


このことは吾嬬神社の由来に起因しています。


日本の神話に、日本武尊命 ( やまとたけるのみこと ) が現在の東京湾を舟でわたっている時に海神の怒りに触れ、往生していた時に妻の弟橘姫 ( おとたちばなひめ ) が海に身を投げて海神の怒りを鎮めたという話があります。


この媛の品が流れ着いた所がこの地だったということです。


以来、海や川で働く人々の守護神として信仰されてきたわけです。


また、昔は地盤沈下していなかったため、この社の裏の「吾嬬の森」と呼ばれた森が小山のように広がり、海上からの好目標だったことも崇敬を集めた理由のひとつでしょう。


現在、鉄柵の奥にあるために近づくことはできませんが、かえって台座に刻まれた人名など、良い状態で保存されています。
(案内板より)