酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6162 銅造地蔵菩薩坐像(江東区白河1-3-32・霊巌寺)

銅造地蔵菩薩坐像 ( 江戸六地蔵の一 )
所在地 品川区南品川 3- 5- 17
指定 大正 10年 3月


江戸六地蔵の由来は、その一つ太宗寺の像内にあった刊本『江戸六地蔵建立之略縁起』によれば、江戸深川の地蔵正元が不治の病にかかり、病気平癒を両親とともに地蔵菩薩に祈願したことから、京都の六地蔵に倣って、宝永三年 ( 1706 ) 造立の願を発し、人々の浄財を集め、江戸市中六か所に地蔵菩薩をそれぞれ一軀ずつ造立したと伝えられています。


各像の全身及び蓮台には、勧進者、その造立年代などが陰刻されており、神田鍋町鋳物師 太田駿河守正義によって鋳造されたことがわかります。


六地蔵のうち、深川にあった永代寺の地蔵菩薩 ( 第六番 ) は、廃仏毀釈で取り壊され、五軀が残っています。


六地蔵のうち、海照山品川寺の地蔵は一番古く、宝永五年 ( 1708 ) に造立されたものです。


像高は、現存するものの中で一番大きく二七五cmあり、かつては鋳金が施されていました。


江戸時代中期の鋳造像としては大作であり、かつ遺例の少ないものであることから文化財に指定されました。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2150.html

1966 東禅寺の江戸六地蔵(台東区・東浅草)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2937.html
2658 銅像地蔵菩薩坐像(南品川・品川寺)