酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6103 谷 素外墓(今戸1-6-22・慶養寺)

谷 素外(たに そがい、1717年(享保2年) - 1809年(文化6年))は、日本の江戸時代の文人・俳人。談林派七世。号は一陽井。


人物
本姓は池田氏。


大阪鰻谷の商家出身で、建部綾足の門下で俳諧を学んだ。


後に江戸に出て談林派に転じ、七世宗家を継ぐ。


尼崎藩主松平忠告など多くの門人を育て、寛政期の文化に影響を与えた。


東京都品川区利田神社に残る鯨塚には「江戸に鳴る、冥加やたかし、なつ鯨」という素外の句が刻まれている。


酒井藤吉(日本浮世絵博物館旧館長)は、東洲斎写楽の正体の一人とする説を提出している。[1]


台東区慶養寺にその墓が残っている。


脚注
1. 『"写楽"実は俳人"谷素外"』(『読売新聞』昭和44年10月16日号)


関連項目
・算法少女 (小説) - 主要な登場人物の一人とされている。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/215.html
211 鯨碑(東品川・利田神社)