酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6099 伊能穎則歌碑(香取市佐原イ1895地先・伊能忠敬旧宅付近)

風さむき


   ゆうべのそらの


         春雨に


まだこゑほそき


      かはづなく也


伊能穎則 ( いのう - ひでのり )
生年: 文化 2 ( 1805 )
没年: 明治 10. 7. 11 ( 1877 )


幕末・明治初期の神官、国学者、歌人。


通称、三右衛門 、三造など。号蒿村、梅宇 ( 雨 )。古樸にして時世に適さないの意で人が「天孫降臨時人」と呼んだのをまた号とした。


下総国香取郡佐原村 ( 佐原市 ) の呉服商の家に生まれた。


神山魚貫に国学を学ぶ。


嘉永 1 ( 1848 ) 年江戸に出て、小山田与清、井上文雄、平田銕胤らに学ぶかたわら自らも家塾を開いて教授した。


同 5年『香取四家集』を編集刊行。


これは楫取魚彦、永沢躬国、沢近嶺、椿仲輔といった香取出身の歌人の歌を集めたものである。


翌年佐原に帰り、香取尚古館学師、香取神宮神職を勤めた。


明治 1 ( 1868 ) 年維新後の東京に出て新政府の神祇官を勤め、翌年大学大助教となり、『令義解』を明治天皇に進講した。


8年香取神宮少宮司。


著書に『大日本史名称訓』『香取鹿島二宮祭神説』などがある。


<参考文献>「伊能穎則伝」(『風俗画報』169号)