酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6081 大橋陶庵墓(谷中7-14-8・天王寺)

大橋陶庵 ( おおはし - とうあん )
天保 8年 9月 10日 ~ 明治 15年 8月 6日 ( 1837 - 1882 )


儒家・詩人・文学者。


名、正燾 ( まさてる )。字、仲載。本姓、河田。通称、燾次 ( てるじ )。号、陶庵。


父、幕臣・河田 興 ( 河田抽斎 )( 二男 )。佐藤一斎の孫。


のち、大橋訥庵の長女・誠と縁組して養子となる。栃木出身。


詩書を能くし、家塾を開いて子弟を教育する。


勤王家で、熱烈な尊王攘夷論者である養父・大橋訥庵が企てた、水戸藩浪士が老中・安藤信正を襲撃した「坂下門の変」に連座し幽獄される。


維新後大学教授となる。


のち、家塾を開く。46歳。


子に、東海銀行頭取の菊池長四郎がいる。


4男は、大橋正僴 ( 菊池修軒:菊池静軒仲盛の養子で 2代目・永之助:明治 39年 8月 26日没:35歳:龍谷寺墓地 )


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/452.html
438 大橋訥庵墓(台東区谷中7-5-24・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7052.html

6076 大橋淡雅墓(谷中7-14-8・天王寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7053.html

6077 大橋巻子墓(谷中7-14-8・天王寺)