酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6079 辰鼓楼(兵庫県豊岡市出石)

● 『有子のしらべ』
藩士が登城する辰の刻 ( 午前 8時 ) を告げるため太鼓を打ち鳴らしていたのにちなんで現在では、午前 8時・午後 1時に太鼓が、夕方には梵鐘がなります。


山頂に城が築かれていた " 有子山 " の名前をとって、これを『有子のしらべ』と呼んでいます。


● 辰鼓楼
出石のシンボル辰鼓楼 ( しんころう ) は辰 ( とき = 時 ) を告げた鼓楼で明治以降は時計台、往時はやや南寄りに大手門がありました。
(案内板より)


● 辰鼓楼
辰鼓楼(しんころう)は、兵庫県豊岡市出石の出石総合支所敷地(旧出石町役場、旧弘道小学校敷地)にある明治時代初期の時計台。豊岡市出石伝統的建造物群保存地区を代表する建造物である。


辰鼓楼のなりたち
楼閣本体は1871年(明治4年)完成。辰の刻(7時から9時)の城主登城を知らせる太鼓を叩く楼閣であった。旧藩医の蘭方医、池口忠恕が大病を患った際、多くの人々が病気快癒の願掛けをした。忠恕は回復後、病気中出石の人々に多大な精神的支援を受けた感謝の意思を形にしたいとして、時計技師2名を招くとともにオランダ製の機械式大時計を取り寄せ寄贈した。これによって1881年(明治14年)より現在の姿の時計台となった。以後、弘道小学校では機械式時計の錘(おもり)を掛け替えるのが児童の大事な役割となった。現在は時計本体は入れ替えられている。


日本最古の時計台
日本最古の時計台とされることが多いが、時計台となったのは1881年(明治14年)であり、1878年(明治11年)完成の札幌農学校演武場に時計塔(札幌の時計台)が設置されたのも1881年である。いずれが古いかははっきりしない。しかし、建物から独立した洋式時計台、一般市民が時刻を共有するための洋式時計台、国以外が設置した洋式時計台としてはこれより古いものは知られていない。


交通アクセス
・山陰本線・京都丹後鉄道の豊岡駅もしくは山陰本線八鹿駅から全但バス「出石」行きで約30分、終点下車。徒歩5分。


周辺情報
・豊岡市出石伝統的建造物群保存地区
 ・出石城跡
 ・出石家老屋敷
 ・伊藤清永美術館
(wikiより)